日頃妄想していて思い付いた短いのが出現します。










□誰よりも優しいから。




縁に日記を渡した時


「「「あ。」」」
「「「今…」」」

「姉さんの笑い声が聴こえた。」

「巴の笑い声が聴こえた。」

「女の人の声で、その人をお願い、って聴こえた。」





□許してください、刻んでいきます。(巴+抜刀斎)




奇妙な充実感に胸が満たされている。
体からは止めどなく血が流れていて、寒くて凍えてしまいそうなのに何故か暖かい。
見上げると彼の顔が真上にあって、子供みたいに泣きじゃくってる。
あぁ、この人は、こんなふうに泣くのかと、また一段と愛しくなった。
だからなのか倒れる刹那、目にしたものが気がかりで仕方ない。

真っ白な雪の上に出来た彼の小さな足跡。

この人は、あの足で、この国を、何より自分を支えていくのだ。
それが、どれほど気の遠くなるような重圧と孤独に溢れたものか私には解る。
例え、彼が人を斬るのを止めたとしても贖罪が、四六時中死ぬまで付きまとう。
そして私が付けた頬の傷よりも、深くて多くの傷を、その身に刻んでいくのだろう。
残酷だ。頬から血を流しながら泣いている子供に背負わせるには、あまりに残酷で
せめてと、泣かないでと、伝える。

いつになるかは解らないけれど、私がいつか、貴方の行く先に明かりを灯しましょう。
だって、きっと貴方は沢山の笑顔を守る人だから。

薄れ行く意識の中、向こうで懐かしい誰かが呼んでいる。
あぁ、向こうに行ったら、あの人に彼の話をしてあげよう。
解ってくれる。
哀しい別離はあったけれど、こうして、また出会えたのだから。






□ご覚悟を。(薫独白)




それを夢だと認識するのは容易かった。
第三者の視点で、近くもなく遠くもない位置の自分を見ていたからだ。
夢の中で私は裸で、どこから取り出したのか、あの逆刃刀を手に、目を閉じて立っていた。

しんしんとした、雪の日を思わせる空気。

そしてある瞬間から、目を開いて、逆刃刀を両手で握り
切っ先を自分の腹に向け、一思いに貫いた。
腹と背から血が噴き出すのも躊躇わず、再度抜いて刺し込む。
目には狂人めいた色が宿っているのだろうと窺うと、
その場には相応しくない慈しみに満ちた目があって、口元は薄く笑みさえ零していた。
刺さったままの逆刃刀ごと己を抱き締め膝立ちになる。
いつの間にか視点は移り、私の腹に穴が空いていて
けれど、それは鋭い痛みを伴わず、じんわりと胸の奥に届く愛しい痛みを感じさせた。



今気付いた、これは私の人生だ。






□されど刃は。(巴+抜刀斎)




腕が震えて裏口の戸がガタガタ鳴った。
構わず指先だけでも引っ掛かって、そこが開かないかと苦労していたら
ささやかな蝋燭の炎を携えた巴が、内側から顔を出した。
礼を言おうにも上手く言葉が紡げずに、ただ荒い息をつくばかりの自分に
彼女は一瞬、驚いたようだった。顔はいつもの無表情と変わらない。
そっと背中を押され、土間に腰掛ける。全身が震えて、呼吸がままならない。
その状態が、どれ程続いただろう。一刻近いのではないかと思う。
隣に座って、こちらを窺っていた巴が、いつの間にか目の前に膝立ちになり
両手で俺の頬を包み込み、真っ直ぐな目でこちらを見ていた。

そして、やけに穏やかな声音で淡々と語り始めた。

「…狂って、狂ってしまうかもしれませんね。
 何も感じないふりをして沢山の人を斬って斬って、貴方の幼い心は悲鳴を上げていたのに。
 苦しいでしょうに、何より哀しいでしょうに。
 このままが続いたら、いずれその時がやってくるでしょう。
 けれど、大丈夫。心配しないで、何も怖がらないでください。
 私が桂さんに頼んであげましょう。大丈夫、あの人なら、きっと解ってくれますよ。
 人里離れた所に家を用意してもらって、二人でひっそり暮らすんです。
 私達二人で、二人きりで残りの人生を終えましょう。
 人がいないんだから貴方は人を斬らなくて済むでしょう? 
 そして貴方は私だけは斬らないと言ってくれたでしょう?
 例え貴方が狂ってしまっても、私は貴方を恐れない。貴方は何も失わない。
 だから、新時代の事も人を斬る恐怖も何も考えなくて大丈夫。
 …安心して狂っていいんですよ。」
 
何が大丈夫だ、では俺が今まで斬ってきた人々はどうなる。
単なる無駄死にじゃないか。
考えるべきは沢山あった。人を斬る恐怖よりも、守ってきたものを守れなくなる恐怖。
道を改めるつもりも、間違って狂うつもりもない。気が付くと震えが止まっていた。
三度躊躇って彼女を見据える。


あぁ、なんて事だろう。
あれだけ人を斬ってきた俺が何故それを見る事が出来たのか。
この世で一番美しいもの。
彼女の後ろには大輪の花があって、薄ら緩んだ目元に全てを許されたような気がした。


訳も解らず、胸の真ん中が、きりりと傷んで息が詰まる。
それを誤摩化すように俯いて短く、はははと笑い、足下に落ちた雫には気付かないふりをした。

















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